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サチコ(ボランティアスタッフ)

父との思い出

私の両親は共働きだったため、幼少期、特に小学校高学年までの期間、父母が家にいたという”日常”の記憶がありません。 息子の里帰り出産を終え自宅に戻ってきた後、遊びにきた母から「こんなん見つけたわ」と言って渡されたのは5-6冊ほどの保育園の連絡帳でした。生後2ヶ月足らずで保育園に預けられていたことをそこで初めて知った時は、ショックに近い驚きがありました。

“子供は覚えていないもの”。確かにそうかもしれません。ただ、その中でも何故か不思議と手放せない記憶があります。まだ大学院で研究などをしながら仕事をしていた父が、週に1〜2日、保育園に自転車で迎えにきてくれるのです。その時は真っ直ぐ家に帰らず、大学院に戻り一仕事済ましてから帰路に着くことが大半でした。研究室の椅子にちょこんと行儀良く座っていると、同僚の方が作業の合間に可愛がってくれたり、父がお菓子を内緒で持ってきてくれたりと、普段構ってもらえない分、姉達には秘密の時間をそこで過ごしていることがとても嬉しく、誇らしかったことを覚えています。帰り道は決まって自転車で、隣を走る電車と競争してくれる父、その父の肩をトントン叩いて応援し、大ハシャぎしている私。こんなに大人になっても何か不安になるとふと思い出し助けられます。 息子を年度途中で保育園に預けようと決めた時から今月は何度思い出したでしょう。保育園に通う息子との向き合い方を、いま改めて自分の記憶から探っています。

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